
クリニックの開業支援という業種は、昔から少し不思議な市場だと感じていました。数千万円の借入を伴う大きな決断なのに、その相談相手の多くが「無料」を打ち出しています。
医薬品の卸、医療機器の販売会社、調剤薬局、最近ではドラッグストアまでが、開業する医師を無料で支援しています。そのなかで、お金をいただいて開業を支援する会社は、Webでどう戦えばいいのか。今回はそのシナリオを考えてみます。
いつものように、実際の事例ではありませんし、実在する企業でもありません。個人的に勝手に考えた改善シナリオです。
M医療経営は、いったいどうやって仕事を確保しているのか
株式会社M医療経営は、地方都市にある従業員5人ほどのクリニック開業支援会社とします。社長は医療機器の販売会社に15年勤めたあと独立した人で、これまでに内科、整形外科、小児科などの開業を50件ほど手伝ってきました。
仕事の中身は、開業地の選定と診療圏調査、事業計画書の作成、金融機関との融資の交渉、内装業者や機器の選定、スタッフの採用まで行っています。報酬は開業までのコンサルティング料と、開業後の経営顧問料の二本立てになっています。
現在の新規顧客の入り口は、ほぼ紹介です。付き合いのある税理士や銀行の担当者から「開業を考えている先生がいる」とつないでもらっています。あとは、開業を手伝った先生が、医局の後輩や同期が開業するときに声をかけてくれることもあります。
ただ、社長には気がかりがあります。紹介してくれていた税理士が引退したり、銀行の担当者が異動したりすると、その線がぷつりと切れてしまうのです。しかも最近は、紹介で会った先生から「卸さんは無料でやってくれると言っているんですが」と言われることが増えました。
サイトは5年前にリニューアルしました。コンテンツは開業実績の件数、診療圏調査や事業計画書作成といったサービスの一覧、開業したクリニックの外観や待合室の写真が並んでいて、見た目はシンプルで見やすい感じです。

それでも、サイト経由の相談は年に1〜2件あるかないか。しかもそのほとんどが、医療機器の業者からの営業メールです。
顧客は誰で、どう探しているのか
このサイトを見て最初に感じたのは、「開業支援というより医療会社に見える」ということでした。待合室の写真、診療科ごとの開業実績、医療機器の選定。どれもイメージとしては間違ってはいないのですが、読んでいるうちに、ここが何を提供している会社なのかがぼやけているような気がしました。
M医療経営が売っているのは、医療ではありません。経営支援です。そして、それを買うのは医療のプロであって、経営のプロではない人です。
勤務医は「開業するかどうか」から迷っている
開業を考える勤務医は、40歳前後の方が多いと聞きます。当直や医局の人事に疲れて、自分の裁量で診療したいと思い始める時期なんでしょう。
この人たちが最初に検索するのは、「クリニック 開業 コンサル」ではないと思います。「開業医 年収 実際」「クリニック 開業 失敗」「開業 借金 いくら」のように、そもそも開業すべきかどうかを確かめることから入るはずです。最近なら、AIに「勤務医を辞めて開業するのはリスクが高い?」と聞いている人も多いでしょう。
この段階では、まだ業者を探すような具体的なアクションはしていません。自分を納得させるための判断材料を探しているだけです。
無料の開業支援と比べられている

ここで、この業種の少し特殊な構造に触れておきます。
冒頭にも書いたとおり、クリニックの開業支援は、医薬品の卸や医療機器の販売会社、調剤薬局などが無料で引き受けていることが珍しくありません。彼らは開業後の取引で収益を得るので、開業までの支援は無料でもかまわないのです。
これは悪いことではないと思います。ただ、医師向けの書籍のなかには、無料で支援を受けると開業後もその会社と付き合わざるを得なくなり、ほかの会社から仕入れにくくなる、と注意を促しているものもあります(出典:ゴールドオンライン「油断すると癒着に…開院時から気をつけたい薬品卸会社との関係」2017年5月19日)。
余談ですが、Web業界にも似たビジネスモデルが以前はありました。「ホームページ制作費は無料、そのかわり月額数万円の5年リース契約で」というものです。初期費用は無料ですが、トータルで何百万円もの費用がかかることになります。実際、私も独立当初はこのような会社の下請け仕事をしていたので、無料に惹かれる方が多いことを不思議に思っていました。
勤務医から見れば、同じように見える支援が、片方は無料で、片方は数百万円かかる。M医療経営のサイトには、この差をどう考えればいいのかが一行も書かれていません。サービス一覧だけを見比べたら、無料のほうを選びたくなるはずです。
本当の意思決定者は、もう一人いる
もうひとつ見落とされがちなのが、開業を考えている人の家族です。
開業には数千万円の借入がつきものです。勤務医の安定した給料を手放し、自宅を担保に入れることもあります。この決断を、医師がひとりで下すことはまずないと思います。
配偶者が気にするのは、診療方針でも医療機器でもありません。「本当に患者さんは来るのか」「借金は返せるのか」「うまくいかなかったらどうなるのか」という、開業後の生活のことです。
これは私の考えですが、この業種で最終的に首を縦に振るのは、医師本人よりも配偶者であることが多いのではないでしょうか。それなのに、M医療経営に限らず、多くの医療系コンサル会社のサイトは、配偶者が読むことをほとんど想定していないように見えます。
強みは「開業後の相談電話」に隠れているはず
無料の支援と同じ土俵で比べられる以上、「うちのサポートのほうが丁寧です」程度では勝てません。成果を出すには、結局は自社にしかない強みで戦うしかない、と私は思っています。
そこで、もしM医療経営の社長にインタビューするとしたら、という想定で書いてみます。
「御社の強みは何ですか」と聞けば、おそらく「開業実績が50件あります」「診療圏調査の精度には自信があります」といった答えが返ってくると思います。本当のことでしょう。でも、無料で支援している大手の卸も、同じことを言っています。むしろ支援数では勝てません。
「開業後、先生から電話がかかってくるのはいつですか?」
そこで、質問を変えてみます。開業前の話ではなく、開業後の話を聞くのです。
「開業したあと、先生から本当に困った電話がかかってくるのはいつ頃ですか」
社長は少し考えてから、こんなふうに答えるのではないかと想像しています。
「半年から1年たった頃ですね。患者さんの数が計画どおりに伸びないとか、受付のスタッフが辞めたいと言っているとか。開業前より、そっちのほうが先生は困っているんですよ」
ここに、M医療経営の本当の価値があると思います。開業までを手伝う会社はたくさんあります。でも、開業後に経営がうまくいかなかったときに、先生と一緒に数字を見て、スタッフの問題に向き合ってくれる相手は、意外と少ないのです。
誰からお金をもらっているかで、立場が変わる
もうひとつ、社長が当たり前すぎて口にしないことがあります。M医療経営は、医療機器も薬も売っていません。
無料の支援は、開業後の取引で回収するモデルです。それ自体を否定するつもりはありません。ただ、構造としては、支援する側の利益は「何を、いくらで買ってもらうか」に結びついています。一方、M医療経営の利益は、クリニックが続くかどうかに結びついています。顧問料は、経営がうまくいかなければ解約されるからです。
当社が成果報酬型でホームページのコンサルを請け負っているのも、根っこは同じ考えです。誰からお金をもらうかで、どちらを向いて仕事をするかが決まり、それが成果の差になります。
業者ではなくパートナーでいられるかどうかは、報酬の仕組みでほとんど決まってしまうと私は思っています。
強みはひとつ、でも伝え方は二つ
この強みは、医師と配偶者に、それぞれ違う言葉で届きます。
医師に向けては、「開業はゴールではなく、経営のスタートです。そこから一緒に走ります」と伝えられます。医療のことは自分でできても、経営は誰にも教わってこなかった人にとって、ここが一番の安心のはずです。
配偶者に向けては、「開業後うまくいかないときでも心配しないでください。相談できる相手がそばにいます」と伝えられます。生活の物差しで見ている人にとって、万が一のときに相談できる相手が近くにいるかどうかは、計画書の数字と同じくらい大事だからです。
「開業しない方がいい先生」を書くコンテンツとコンバージョン
まず置きたいのは、無料の開業支援と有料のコンサルティングの違いを、正面から書いたページです。どちらが良い悪いではなく、お金の流れの違いと、それぞれに向いている先生を正直に書く。卸の担当者と長年の付き合いがあって、条件にも納得しているなら、無料の支援で十分なこともあるはずです。そう書ける会社のほうが、かえって信用されると思います。
次に、「開業しない方がいいかもしれない先生」というテーマのコンテンツです。開業コンサルが書くには勇気がいりますが、「開業すべきかどうか」で迷っている段階の医師には、これが一番刺さるはずです。開業後1年目の現実的な数字、計画どおりにいかなかったときに何が起きるのか。開業後の相談を受けてきた会社だからこそ書ける話です。
配偶者向けには、専門用語を使わずに、開業でどんなお金が動き、生活がこれまでとどう変わるのかをまとめたページがあるといいと思います。医師本人が「これ、読んでおいて」と家族に渡せるものです。
コンバージョンは、いきなり「開業のご相談」にしないほうがいいと思います。入りやすいのは二つです。
ひとつは、「開業すべきかどうか」を一緒に考える敷居が低い相談です。業者選びではなく、自分の判断のための相談なので、まだ迷っている段階の医師でも申し込みやすいはずです。カフェでお茶でも飲みながら話すぐらいカジュアルな感じでもいいと思います。
もうひとつは、事業計画書のセカンドオピニオンです。すでに無料の支援を受けている先生が、その計画書が妥当かどうかを中立の立場で見てほしい、という需要は必ずあると思います。無料の支援と戦うのではなく、無料の支援を受けている人を入り口にする。これはこの業種ならではの導線ではないでしょうか。
問い合わせのあと、決めるのは「面談の場にいない人」
問い合わせが来て終わりではありません。成約までを考えると、最終的に決めるのは、面談の場にいない人であることが多いはずです。配偶者と、融資を判断する金融機関です。
なので、初回の面談では開業の構想より先に、「ご家族はこの開業について、どう思っていらっしゃいますか」と聞いておくのがいいと思います。反対されているのか、まだ話していないのか。それによって、次に出すべき資料がまったく変わります。
事業計画書も、うまくいったときの数字だけでは足りません。患者数が計画の7割だったら、半分だったら、借入の返済はどうなるのか。そのときに何をするのか。最悪のケースまで書いた計画書は、金融機関にも配偶者にも、むしろ安心材料になると思います。
正直に言うと、悪い数字を見せるのは誰でも怖いことです。でも、高額で長い付き合いになる商材ほど、最初に悪い話をしてくれた相手を人は信用するものだと思います。これは、私がホームページのリニューアルの相談を受けるときにも、いつも感じていることです。
まとめ

クリニックの開業支援は、無料で手伝ってくれる相手がたくさんいる、少し変わった市場です。今回のシナリオは、その「無料」とどう向き合うかから考えました。
M医療経営のサイトは、開業実績とサービス一覧で、医療の会社のように見えていました。でも、勤務医が本当に探しているのは、開業すべきかどうかの判断材料です。そして、その判断を最後に後押しするのは、生活の物差しで見ている家族かもしれません。
サイトを見るペルソナを「迷っている勤務医」と「その家族」に切り替える。無料の支援との違いを、お金の流れから正直に説明する。そして、開業後の経営に伴走するという強みを、それぞれに届く言葉で伝える。これが今回考えた改善シナリオです。
これで売上が確実に増えるとは言いません。ただ、紹介の線が細くなっていくなかで、「この会社になら相談してみたい」と思われるサイトに変えていけば、新規の相談は少しずつ増えていくと思います。

