
英語のサイトはちゃんとあるのに、海外からの問い合わせがほとんど来ない。そんな会社は実は多いです。翻訳会社に依頼して、ネイティブチェックも通している。書いてある内容は、きちんと伝わっているはずです。それなのに来るのは、見本市で名刺交換した相手か、営業メールばかりだと言います。
翻訳の出来が悪いわけではないんだと思います。問題は言葉ではなく、もっと手前にある気がするんですよね。
最初にお断りしておくと、今回取り上げるのは実在する企業ではありません。個人的に気になっていた海外向け業種なので、架空の会社をイメージして、勝手に改善シナリオを考えてみました。
株式会社S物産は新規開拓をどうしているのか
架空の会社である株式会社S物産は、日本酒と発酵食品の原料を扱う食品の専門商社とします。日本酒のほかに、麹、酒粕、味噌などを全国の蔵元やメーカーから仕入れ、海外の輸入業者、レストラン、食品メーカーに卸しています。
取引は年間契約が中心で、1社あたりの金額は数百万円から1000万円を超えるものまで。サンプルを送って試してもらい、先方で試作をして、輸入の手続きを整えて、ようやく契約になります。最初の接点から成約まで、だいたい2〜3ヶ月はかかる商材が中心です。
現在の新規開拓は、海外の食品見本市への出展と、既存の輸入業者からの紹介がほとんど。見本市では手応えがあるものの、出展できるのは年に数回ですし、その場で話せる相手の数にも限りがあります。紹介は質が高い反面、自分たちで数をコントロールできません。
つまり、新規顧客と出会う手段を、ほぼ外部頼みという状態です。本来、英語サイトは新規開拓として活用したいはずなんですが、今のところ名刺代わりにとどまっています。
海外の買い手は、どう探している
S物産の英語サイトを開くと、最初に目に入るのは酒蔵の白黒写真と「Tradition since〜」で始まる見出しです。続いて、杜氏のこだわり、仕込み水の話、受け継がれてきた製法の紹介。最後に商品一覧と、問い合わせフォームがあります。
作りとしては日本語サイトとまったく同じ構成を、そのまま英語にしたものです。

正直に言うと、最初はデザインの見せ方が和風に寄りすぎて海外の人には伝わっていないのかな?とも思いました。でも、よく考えると違いました。デザインを洋風に変えても、たぶん問い合わせは増えません。書かれている中身が、海外の買い手が知りたいことと噛み合っていないのがそもそもの問題だからです。
三種類の買い手は、それぞれ別のことに困っている
この会社の買い手を、ざっくり三つに分けて考えてみます。
1つ目は、海外の輸入業者です。彼らが気にしているのは、現地で売れるかどうか、そして輸入の手続きで面倒な問題が起きないかどうかです。たとえば「sake supplier Japan」のような言葉で探すとき、頭にあるのは「安定して供給してくれる相手か」「書類をきちんと揃えてくれるか」だと思います。蔵の歴史は、売り先に説明するときの材料にはなっても、取引先を選ぶ決め手にはなりにくいのではないでしょうか。
2つ目は、レストランのシェフです。和食店に限らず、最近は現地のフレンチやイタリアンのシェフが麹や酒粕に興味を持つことがあるようです。彼らは「koji how to use」や「sake lees recipe」のように、使い方から入ってきそうな感じがします。知りたいのは伝統ではなく、「自分の皿でどう使えそうか」です。
3つ目は、食品メーカーの開発担当です。発酵調味料や植物性食品の原料として、麹や味噌を探しているケースが想定されます。この人たちは、成分、品質の安定性、ロットごとのばらつき、最低発注量といった、かなり実務的な情報を求めています。「職人の手仕事」は、むしろ量産に向かないのではと不安にさせる可能性すらあります。
国内での強みが、海外では判断材料にならない

ここが今回いちばん書きたかったところです。
国内で日本酒や発酵食品を売るとき、「伝統」や「職人のこだわり」は立派な強みです。日本の買い手はその価値を知っていて、比べる物差しも持っています。だから日本語サイトがそのこだわり面を前面に出すのは、ある意味で正しいです。
でも、海外の買い手はその物差しを持っていません。シェフにとって杜氏の名前は意味を持ちませんし、食品メーカーにとって「百年の歴史」は品質保証にはなりません。日本の中でなら効いていた立ち位置が、海を渡ったとたんに効かなくなるのです。
これは私の考えですが、多くの海外向けサイトは「言葉」を訳していても、「立ち位置」までは訳していません。日本語サイトで「誰に、何を強みとして語るか」を決めたまま、言語を入れ替えているだけです。翻訳会社は頼まれた文章を正確に訳しますが、誰に向けて何を語るかまでは決めてくれません。そこは本来、会社自身が決めることです。
もうひとつ厄介なのは、海外の買い手にとっての比較相手が、日本の同業者とは限らないことです。シェフにとっての比較相手は、現地で手に入る別の調味料かもしれません。食品メーカーにとっては、他国で作られた麹や代替原料かもしれないのです。
日本の蔵元同士で「うちのほうが伝統がある」と競っていても、海外の買い手からは同じ棚に並んで見えているはずです。
立ち位置を訳すと、サイトはどう変わるか

では、立ち位置を訳すとはどういうことか。
S物産の場合、「日本の伝統を届ける会社」から、「日本の発酵素材を、あなたの料理や商品に使える形にして届ける会社」に軸を移すことだと思います。主語を自分たちから、買い手の厨房や開発現場に移すイメージです。
そうすると、入口も三つに分かれます。輸入業者向けには、供給体制や書類のこと。シェフ向けには、使い方や料理の例。食品メーカー向けには、仕様や品質管理のこと。今のように全員がひとつの「About us」を読まされる構造からは抜け出せます。
余談ですが、伝統の話をバッサリ捨てる必要はないと思っています。ただ、それは入口ではなく、買い手が興味を持ったあとに「なぜこの品質なのか」を裏づけるエビデンスとして置くほうが効くはずです。見せる順番を変えるだけです。
強みの言語化:私がインタビューするとしたら
立ち位置を変えるには、その立ち位置で戦える強みが必要です。ただ、自社の強みは自社ではなかなか見えません。もし私がS物産の方にインタビューしたとしたら、こういう流れになると思います。
最初に「御社の強みは何ですか」と聞くと、たぶん「品質の高い蔵元とつながっていること」「日本の伝統的な製法の商品を扱っていること」といった答えが返ってきます。間違ってはいませんが、日本の食品商社ならどこでも言えることです。
そこで聞き方を変えます。「最近、海外のお客さんから受けた相談で、いちばん手間がかかったのはどんなものでしたか」このような少しネガティブな質問を投げかけてみます。
すると、「酒粕をパンに使いたいというベーカリーがいて、蔵元と何度もやり取りして配合の目安を出した」「麹を植物性チーズに使いたいメーカーに、合いそうな麹の種類を三つ提案した」といった話が出てくるかもしれません。本人たちにとっては、取引のついでにやっている雑用です。
でも、ここにS物産の本当の強みがあるのではないでしょうか。蔵元と海外の厨房の間に立って、「使い方」を翻訳できること。日本の作り手の言葉を、現地の料理人や開発者の言葉に置き換えられる力です。これは見本市のブースでは伝えきれませんし、ほかの商社がサイトで語っているのもあまり見かけません。
強みを伝えるコンテンツと、オファーの設計
強みが「使い方の翻訳」なら、コンテンツもそれを見せるものになります。
たとえば、酒粕や麹を現地の料理や食品に応用した事例を、買い手の種類ごとにまとめたページは効くと思います。シェフ向けには料理の例を、食品メーカー向けには原料としての使い方や仕様の考え方を書く、という分け方です。
オファーは、いきなり「お問い合わせ」ではなく、「用途に合わせたサンプルの提案」がいいのではないでしょうか。何に使いたいかを聞いたうえで、合いそうな素材を選んで送る、という流れにしておく。これなら、買い手にとっては試す理由になり、S物産にとっては強みをそのまま体験してもらう機会になります。
問い合わせが来たあとのプレゼンテーション
最後に、問い合わせのあとについても少しだけ。
初回の打ち合わせでは、商品の説明より先に「何を作りたいのか」「現地でどんなお客さんに出すのか」を聞くことが大事だと思っています。そのうえで提案書には、素材の紹介だけでなく、先方の料理や商品にどう組み込むかの見立てまでしっかり入れておきたいところです。プレゼン資料は今はAIを使えばかなりの精度のものが短時間で作れます。
海外の買い手も、社内で上司や購買担当を説得する必要があるはずなので、自分が説明しなくても伝わる内容にしておくと話が進みやすいはずです。
訳すべきは、言葉ではなく立ち位置
海外向けのサイトを作るとき、多くの会社はまず「どうやって翻訳するか」を考えます。でも本当に先に考えるべきなのは、「海外の買い手にとって、自分たちは何者なのか」ということなんだと思います。
国内で効いていた強みが、海外でも効くとは限りません。言葉を訳す前に、立ち位置を訳す。S物産のような会社なら、そのボトルネックを見直すだけでも、成果につながる余地は十分にあると思っています。

